決算!忠臣蔵 65点
2019年11月23日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:堤真一 岡村隆史
監督:中村義洋
Jovianの出身地、兵庫県は一体感に欠ける地域である。元々、但馬・丹波・播磨・摂津・淡路の五カ国がくっついて生まれた県なので、当然と言えば当然である。神戸は別格としても、全国的に知られているものとして姫路市の姫路城、西宮市の甲子園、宝塚市の宝塚歌劇団、明石市のタコと鯛と子午線、淡路島の玉ねぎ、丹波の黒豆、城崎の温泉などが挙げられる。これらに負けず劣らずの知名度を誇るのが赤穂の塩、そして赤穂浪士たちである。大河ドラマや二時間ドラマとして数限りなく生産されてきた赤穂浪士たちを、ゼニカネの面から描き直す。これは非常にユニークな試みである。
あらすじ
赤穂藩主の浅野内匠頭は江戸城にて吉良上野介に刀傷を負わせた咎で、幕府に切腹を申しつけられ、お家断絶、知行召し上げとなった。喧嘩両成敗の原則を無視した幕府に、大石内蔵助(堤真一)ら赤穂浪人たちはお家再興か、仇討ちかで揺れる。しかし、勘定方の矢頭長介(岡村隆史)らの計算では、経済的な余力はとてもなく・・・
ポジティブ・サイド
今という時代に出るべくして出た作品である。経済格差の拡大がいかんともしがたく、社会の大部分に閉塞感が蔓延している時世に、一服の清涼剤になっている作品である。赤穂の志士たちは、いわゆる「無敵の人」との共通点が多い。しかし、彼らを討ち入りに駆り立てたものは本質的には武士のプライドである。「君に忠」という精神である。自身の尊厳が傷つけられた代償を、自分よりも弱い人間や無関係な人間に求める傾向の強い「無敵の人」とはそこが異なる。
またサラリーマンの悲哀とも重なる描写が多い。前線の営業部隊は「もっとこっちにカネ回せよ、こっちは体を張って仕事をしてるんだ」と言い、後方の管理運営部門は「後先考えず湯水のようにカネ使ってんじゃねー、てめーらの足りねー脳みそをこっちが補ってるんだ」と言っている。現実にそこまでギスギスした会社は少ないだろう。だが、程度の差こそあれ、似たような対立の構図はどこの会社や組織にも見られるだろう。番方と役方、どちらの側に肩入れして観ても楽しめる。
限られた予算がどんどんと吹っ飛び、徐々に人=コストに見えてくるのは滑稽であり、虚しくもあり、悲しくもある。大石内蔵助に共感することで、経営者の視点をシミュレートできると言ってもいい。雇用者にとっても被用者にとってもリストラは苦しいものである。しかし、赤穂浪士たちはすでに幕府によってリストラされた存在。そうした者たちがさらにリストラをされるということの悲哀を、本作はユーモアたっぷりに描き出す。不謹慎にも笑ってしまった。
終盤の評定(ひょうじょう)は、集団心理の危うさを端的に示している。当初7000億円とされていた某国のオリンピック開催費用は、いつの間にやら3兆円とも4兆円とも囁かれるまでになっている。何故このような馬鹿げた事態が起きてしまうのか、その舞台裏では赤穂の浪人たちのような盛り上がり優先の空気があったからではないか。随所で現代をユーモラスに批評する時代劇コメディの佳作に仕上がっている。
ネガティブ・サイド
残念ながら忠臣蔵のストーリーをある程度知っている人ならば、オチというか経費削減のための逆転ネタに驚きが感じられない。例えば、大坂夏の陣の真田幸村およびその部隊が赤備えであったことはよく知られている。同じように赤穂浪士たちの討ち入りの装束についても知識があれば、大逆転のアイデアのインパクトが弱まってしまう。
部屋住みの子どもたちが堀部安兵衛に駆け寄るシーンがあるが、この時の子どもたちが露骨にカメラを避けるように動いていた。目の前に何も障害物が無い場所で、いきなりひょいっと脇に動いていく動きは不自然極まりない。編集で何とかならなかったのだろうか。
冒頭で阿部サダヲが登場しているせいか、後半の大石内蔵助の遊廓通いが『 舞妓Haaaan!!! 』に見えてしまった。実際、和装の舞妓をバックハグするシーンは、同作にそっくりの構図が見られた。オマージュのつもりかもしれないが、オリジナリティの欠如に見えた。
討ち入りに直接は関わらない赤穂浪士の数が多く、キャラクター間の人間関係や上下関係を把握するのに少し苦労する。また、序盤以降はコメディのほとんどを大石内蔵助の関西弁と顔芸に頼っており、その他キャストが輝きを放てていない。
エンドクレジットのシーンで絵巻などでもよいので、見事に吉良を討ち取ったことを伝える画が欲しかった。本作が最もエンターテインできる観客は、赤穂事件を名前ぐらいしか知らないというライトな層なのだから、その結末までしっかりと伝える義務があると思う。
総評
財務面から赤穂事件を再構築するのは文句なしに面白い試みである。そして実際に本作は面白い。サラリーマンであれ、経営者であれ、それぞれの視点で楽しめることだろう。ただし、時代劇や歴史そのものに詳しい映画ファンを唸らせる作りにはなっていない。本格的な赤穂事件の前日譚を期待しているような人はその点をよくよく注意されたし。案外と高校生や大学生カップルのデートムービーに適しているかもしれない。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
Why should I let them kick sand in our faces?
大石内蔵助の言う「何でここまでコケされなアカンねん」という台詞の私訳である。UsingEnglish.comに秀逸な説明があったので引用する。
sand kicked in your face means to be insulted by someone or something you are powerless to fight back against.
顔面に砂を蹴り込まれる=誰か、もしくは何かに、反撃する力を持っていないとして侮辱されること、の意である。この表現は『 ボヘミアン・ラプソディ 』でも歌われた“We are the champions”の歌詞にも出てくる。英語学習の上級者ならば知っておいても損はない慣用表現である。