グランドピアノ 狙われた黒鍵 50点
2019年6月26日 レンタルDVDにて鑑賞
出演:イライジャ・ウッド ジョン・キューザック
監督:エウヘニオ・ミラ
ハリー・ポッターに会いたくなって『 スイス・アーミー・マン 』を鑑賞したように、フロド・バギンズに会いたくなって本作を手に取った。このようなリユニオン願望が、ふと訪れることがあるのである。
あらすじ
トム(イライジャ・ウッド)は世界的なピアニストだが、過去の失敗から舞台恐怖症となり、5年間コンサートから遠ざかっていたが、恩師の追悼コンサートの場についに復帰する。しかし、トムは演奏中に楽譜に「一音でも弾き間違えれば殺す」との文言を見つける。その脅迫が嘘ではないと知ったトムは、超絶技巧を要する難曲に挑むことになるが・・・
ポジティブ・サイド
ピアニストの演奏中というのは、空間的にも心理的にも密室に近い。そこを狙って脅迫を仕掛けるというのは優れたアイデアだ。密閉空間で生まれるサスペンスについては『 リミット 』(主演:ライアン・レイノルズ)が、衆人環視の中で閉じ込められる恐怖は『 フォーン・ブース 』(主演:コリン・ファレル)が追求した。本作は、ある意味でその二つの良いとこどりである。
主人公がピアニストであることが、しっかりとプロット上でワークしている。特に携帯電話でピンチを切り抜けようとする際の手指の動きがリアルである。いや、実際には普通の人間には無理な動きだが、プロのピアニストであれば可能かもしれないと思わせるだけの説得力がある。
狙撃手が絶え間なく語りかけてくるという点では『 ザ・ウォール 』とそっくりである。テーマ性、哲学的なメッセージという点ではそちらに譲るが、本作はトムが狙われる理由が不明であること、そして何故トムが脅迫されるのかという理由にそこそこ意外性がある。悪くはない作品である。
局所的に他作品へのオマージュが見られる。「ボックスの5番」と聞いてニヤリとできれば、あなたは『 オペラ座の怪人 』のファンであるに違いない。他にも色々とネタが仕込まれていそう。筋金入りのシネフィルなら、色々なeaster eggを発見できるかもしれない。
ネガティブ・サイド
何故その曲を弾く必要があるのかについては一定の理解を示すことができるが、どうやってその曲を弾くのかについては突っ込みどころが満載である。劇中で犯人一味も言い争うように、もっと別の良い方法があるはずだし、衆人環視のコンサート会場を犯行の舞台に選び、そのために3年の準備期間を設けるというのは更におかしい。トムの恩師が死んでからトムが表舞台に帰ってくるまで辛抱強く待ったわけだが、そもそもトムが復帰しなかったらどうするつもりだったのか。時系列的に粗も見えてくる。自分なら『 羊と鋼の森 』に解決のヒントを求めると思うし、そちらの方が遥かに現実的であるはずだ。
コンサート中にピアニストがあれほど離籍するのもおかしい。将棋指しの対局じゃないんだ。何かただならぬことが起こっていることは誰にでも分かるはずだ。なんせトムはひっきりなしに独り言を呟いている(ように見える)のだ。また、携帯電話を使うのはトムであればギリギリOKだが、トムが友人に電話をしてそれが通じてしまうのは余りにもご都合主義ではないか。舞台の袖の人間に伝言を頼むなど、もう少し回りくどい=より説得力のある演出もあったのではなかろうか。
天井からデロ~ンというのは、さすがに『 オペラ座の怪人 』へのオマージュを通り越してオリジナリティの欠如に見えた。また、観る側、少なくともclassical musicにカジュアルにしか接しない人でも認識できるような曲が一つもなかったのは残念である。音楽を題材にした映画は、その音楽の力で観る者の心を掴む必要があるが、まったく初体験の曲でそれをするのは至難の技だろう。だからこそミュージカルは、そこにダンスという視覚的要素をプラスしてくるのである。なにかメジャーな曲の演奏が聴きたかったと切に願う。
総評
これも典型的な rainy day DVD であろう。期待に胸を躍らせて観るのではなく、純粋に暇つぶしのために観るべきだ。そうそう、本作のユーモアに theater language の面白い使い方がある。英語では “Good luck!”の意味で“Break a leg!”と言うことがある。『 ワンダー 君は太陽 』などでも聞ける、割とありふれた台詞であるが、最後の最後でクスッと笑わされてしまった。