2025年10月26日 兵庫県神戸市長田区二葉町
『 港に灯がともる 』でフォーカスされた丸五市場を探訪してきた。実はお盆休みにも訪れたのだが、まさかの休み。今回はそのリベンジである。
JR新長田駅で下車して、まずは鉄人28号を見物。たまに車窓から眺めていたオブジェだが、実際に目の当たりにしてみるとその偉容に圧倒された。あいにくの天気で映えはしなかったが、兵庫の県南住みなら一度は訪れてもいいかもしれない。

その後、西神戸センター街を通って丸五市場を目指す。途中で司馬懿の像に遭遇。Jovianは三国志では、実は司馬懿が一番好きである。愚鈍にして「そうか、ここは横山光輝の出身地なのか」と思い当たる。が、実際は須磨の出身らしい。なんじゃそりゃ。

少し歩いてお目当ての丸五市場へ到着。暗い。地元尼崎の杭瀬商店街もなかなか寂れっぷりだが、これは最早、長洲の長栄市場(つぶれそう)や金楽寺の太平市場(つぶれた・・・)とそっくりだ。ある意味、つぶれる前に来ることができたのはラッキーなのだと考え、さっそく中へ。

入って割とすぐ右手にキムチ屋さん。在日っぽいおばちゃんが切り盛りしている店。セロリのキムチとナムルを購入。ご飯がおいしくなりそうだ。先に進むと右手にそばめし屋、左手にバー(飲み屋?)がある。そばめし屋の手前にはフリースペースもあり。数人だが客が入っている。
さらに少し先には劉備の像が鎮座しているが、俺はあんまり劉備が好きになれないんよなあ・・・ 右に曲がって左に曲がると惣菜屋と漬物屋が。惣菜屋で牛筋煮込みを購入。おばあちゃんに500円を渡すが、実はこの人、漬物屋さんだった。惣菜屋さんが少し外しているので代わりに店番をしていたとのこと。昭和的なほのぼのさを感じた。

その先はなんと崩落注意エリア。電気は通っているものの、天井の蛍光灯はほとんどすべて死に絶えていた。実際に崩れた天井もあり、なおかつ閉店した店のシャッターの中には上からの重みで変形したと思しきものも。あまり長いすべきエリアではないと判断し引き返す。
いくつかある入口のひとつのすぐ横にある青果店では南米系の若い兄ちゃんが店員をやっていた。アジアンな感じが強いエリアではあるが、良くも悪くも多国籍化が進んでいるようだ。

雨がひどくなったので。アーケードに避難。ユキヤ食品という店を発見したので、赤セン、ミノ、ハツ、テッチャン、バサの串焼きを購入。バサとは珍しい。これは牛の肺で、フワッフワの食感で、まさに珍味。東京の焼き肉屋で数回しか食べたことがなかったが、神戸で食べられるとは。そこから北上すると左手におにぎり竹ちゃんなる店が。15:00頃という中途半端な時間だったため、おかかと福神漬けの2個セットを妻と分ける。おかかを頂戴したが、普通の味。妻曰はく、福神漬けは美味しかったとのこと。
そこからは新長田から各駅停車に乗り三宮へ。歩いて20分弱で「おめざや」へ。雨がひどく、なかなかしんどかった。お目当ての黒豆きなこバタークリームと豆腐ケーキと各種マドレーヌを購入。帰りは阪神電車の春日野道から西宮へ。にしのみや市民祭りを横目にJR西宮まで歩く。そしてJR尼崎に帰ってきた。
そこから一休みしてレイトショーに向かうが、それは次の記事にて。
全体的に感じるのは時代の変化。丸五市場には「市場や商店街の姿がこのまま消えて行っていいのか」というポスターがあった。個人的には伝統芸能でもない限り、いつかは消えていくし、保存する力は働かないと思っている。そんな力があるなら、たとえば『 わたしは光をにぎっている 』の銭湯もつぶれなかったはずだし、『 港に灯がともる 』でリフォームされてハッピーエンドになっていたはず。大切なのは形を残すことではなく、思い出を残すことではないかと思う。なので長田の思い出をここにも残しておく。とはいっても、一番良いのは実際にそこを訪れて、ある程度のお金を落とすことであるのは間違いない。阪神間の住人、あるいは北摂の住人でたまに鶴橋に行くという人は、折を見て丸五市場やその周辺に足を延ばしてみてはどうだろうか。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
food stall
屋台の意。いわゆる市場は衰退が激しいが、屋台はまだまだ勝負できるのではないか。淀川花火しかり、天神祭りしかり。ユキヤ食品も屋台ではないが、屋台的に売り出すことで新規客をゲットできているように思う。韓国や中国といった東北アジア、および台湾、タイ、ベトナム、カンボジアなどは屋台文化が強い。日本も、屋台をもう少しプロモートしてもいいのかもしれない。
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