パーフェクトワールド 君といる奇跡 30点
2018年10月7日 MOVIXあまがさきにて鑑賞
出演:岩田剛典 杉咲花
監督:柴山健次
本作の主題は、「障がい者と恋愛できるか」ということ。そしてその奥にあるテーマは、「障がい者を見る目線は、自分が障がい者になった時に人から向けられる目線である」ということ・・・ではなかった。一瞬でも良いので登場人物の行動を通じて、そのような心理を描写して欲しかったと思うのは贅沢というものだろうか。
川奈つぐみ(杉咲花)は、職場の同僚との飲み会に高校の先輩にして初恋の人である鮎川樹(岩田剛典)が来ることを知り、飲み会に参加する。再会した樹はしかし、車イスに乗っていた。大学3年生の時に交通事故にあり、脊髄に損傷を負ったのだ。仕事に真摯に、健気に気高く生きる樹に、つぐみは抑えていた思慕を募らせる。二人の距離は縮まる。果たして恋人になれるのか。そしてその先には・・・
結論から言うと、本作は失敗である。何よりも訴えたいテーマが無い。いや、原作の漫画にはあるのだろうが、それを2時間弱の映画に過不足なく織り込むことには失敗している。この分野にいくつかの優れた先行作品がある。その最たるものは『 博士と彼女のセオリー 』であると思っている。そこには肉欲もあり、愛情だけでは乗り越えられないケアの問題もあり、愛情を超えた互いへのリスペクトもあり、さらには美しい後悔もあった。また『 ブレス しあわせの呼吸 』でも、夫婦(もしくはカップル)としてのドロドロとした人間関係の部分というか、閨房も映しだしていた。もしくはある意味でこの部分に特化した作品として『パーフェクト・レボリューション』を挙げても良いだろう。映画はだいたいにおいてフィクションであるが、その面白さは虚構性よりも迫真性、真実味、現実感などから生まれてくるものだからだ。
脊髄損傷のため歩けない、移動は車イス、ということがどれほどのハンデになるのかという描写からしてまず弱い。たとえば車イスを押したことがある人なら、もしくはベビーカーを押したことがある人なら、減ってきたとはいえ、日本の街にどれほどのバリアが残っているかをしみじみと実感したことがあるはずだ。そうしたネガティブな感覚というのはいつしか降り積もり、そのストレスが思わぬ形で噴出されてしまう。ベタだが、そうしたシーンを挿入する余裕もなかったか。いや、それでもテレビドラマだが、この分野には『 Beautiful Life 〜ふたりでいた日々〜 』という先行テクストもある。何故つぐみは樹を好きになったのか。そして、その好きという感情が車イスに乗る樹を目の当たりにした時、どう揺らいだのか。そしてその揺らぎが収まり、想いが溢れるまでに至ったきっかけは何であったのか。つぐみが本来感じなくては不自然な、感情や思考のジェットコースターが、ほとんど描写されないままに二人は恋人となる。それは確かに胸を打つのかもしれないが、非常に皮相的な感動だ。樹が排泄障害について言及するところなど、本当はぼかしてはいけないシーンなのだ。つぐみが樹の抱える様々な困難に対して、人間的に葛藤し、苦悩し、それでも寄り添っていたいと自律的に考ねばならないのに、それを樹自身の強さに仮託してしまってはいけない。パースの仕上げに、元美術部員として腕を奮うようなつぐみが、もっと随所に出てこなくてはいけなかった。
本作の弱点は他にもある。エンドクレジットは一応全て見たつもりだが、医療監修がいなかった。これは致命的だ。物語の面白さは細部のリアリティへのこだわりで補強されるのだから、樹の病院での処置シーンにはもっと監督はこだわるべきだった。最も眩暈がしたのは、樹の初期段階の褥瘡にガーゼを貼付するシーンだ。劇場で鑑賞した医師、看護師、その他の医療従事者の方々は映画製作者の不勉強に頭を抱えたことだろう。また、軽度とはいえ、つぐみの父がおそらく左脳に脳梗塞を発症させ、おそらく右側に軽い麻痺が残ってしまったのだろうが、そのことによって父が何か苦労するシーンが無かった。健常者から障がい者となった時、どのように自己像が揺らぐのかを描写しない限り、ただの嫌な中年わがまま親父にしか見えない危険性がある。また、爪切りはないだろう、爪切りは。ただでさえ樹が感覚障害から足先に知らぬ間に怪我を負ってしまう(重度の糖尿病患者にはよく見られるものなので、ご存知の方も多いだろう)描写があるのに、ちょっとした怪我につながりかねないパチンといくタイプの爪切りを使うとは・・・爪やすりの存在を知らないのか。原作が、時代背景があってそうなっていないのかもしれないが、現代の映画として改作するのであれば、リアリティを増す方向に行ってもらいたい。映画は小説やアニメと違って、現実を最も忠実に描写する文化芸術なのだということを、日本の映画製作者はもっと心してもらいたい。
良いテーマを持つ作品を映画化したとは思うが、そのテーマの重さを映画製作者側が受け止めきれなかった、もしくは中高生向けにライトな内容だけに絞り込みすぎてしまった、という印象はどうしたって拭えない。柴山監督には猛省と次作へ向けての一層の奮励を促したい。