動物たちは何をしゃべっているのか 80点
2026年3月15日~3月19日にかけて読了
著者:山極寿一 鈴木俊貴
発行元:集英社

あらすじ
鳥になった研究者(鈴木俊貴)とゴリラになった研究者(山極寿一)は、対談を通じて言語とコミュニケーションの本質に迫っていく・・・
ポジティブ・サイド
本作は
Part 1 おしゃべりな動物たち
Part 2 動物たちの心
Part 3 言葉から見える、ヒトという動物
Part 4 暴走する言葉、置いてきぼりの身体
から構成される。近代哲学の祖、デカルトは動物は刺激に反応しているだけだと論じたが、それは大きな誤り。今では動物にも豊かな思考があり、さらには感情もあり、さらには言語を使ったコミュニケーションをとっていることも明らかになりつつある。
シジュウカラが文法を持つことを証明する実験はNHKなどでお馴染みだが、実はその実験には先があり、言語学的な意味での「併合」能力をシジュウカラが有している可能性も本書では示唆される。
山極の「人間は相対的に小さいのでゴリラの群れに入るのは難しくないが、人間は相対的に大きいのでサルの群れに入るのは難しい」という指摘にはハッとさせられた。逆に言えば、ゾウやキリンは案外近くで観察・研究できる対象なのかもしれない。
対談の先には音楽や踊りについても論じられる。特に二足歩行と手の使用は踊るためだったという山極の指摘は非常に鋭い。音楽は一種のメタ言語だが、踊りは一種のメタコミュニケーションなのだ。言葉はコミュニケーションの手段としての歴史が非常に浅いという指摘には首肯せざるを得ない。
言葉が意味やストーリーを作り、人間は今度は逆にその言葉によって規定されてしまういうのは、そのまんまピーター・バーガーやトーマス・ルックマンの知識社会学そのもの(ちなみにJovianの卒論は東北アジアのアニミズムの外在化、客体化、内面化についてだった)。最近ではハラリの『 サピエンス全史 』によって、ヒトが虚構を信じる力が再びフォーカスされつつある。
本書のユニークなところは、言葉で代替できない身体性としての食と性を論じる中で、ポルノ映画からストーリーがなくなったと断じている点。アクション映画はファンタジーだと分かっていても、AVがファンタジーだと分からない人間が一定数存在するのはこういうことか、と気づかされた。もちろん映画も論じられている。『 2001年宇宙の旅 』の冒頭シーンには言葉は一切無いが、現在のアニメは一から十まで言葉で説明する点の対比は、映画ファン・映像ファンなら納得の指摘だろう。
非常にライトな対談に見えるが、扱っている内容は動物学、言語学、コミュニケーション論、そして哲学にまで行きつく。動物学の碩学たちの言葉から、ヒトの動物性
ネガティブ・サイド
Part 4でAIと未来予測について触れられているが、そこの内容が少し先入観が強めだったかな。
Twitterが炎上しやすい原因を身体性がそぎ落とされた言葉によるコミュニケーションに求めていたが、どちらかというと関係性の希薄な者同士によるコミュニケーションが始まりやすいところが原因としては上位では?そもそも炎上=無関係な人間が寄ってたかって何らかのエンゲージメントをすることを指すわけだし。
総評
学者の対談集としては白眉の一冊。フィールドワークを重視する京大の気風が存分に感じられる。シンプルに「動物の世界も奥が深いな」と思いながら読んでもいいし、読了後に巻末の参考文献を参照して、それらを渉猟するのもいい。通勤時間を使えば、サラリーマンでも1週間で読める。ごくわずかに性の話題も出るが、中高生の夏休みの読書感想文にも使えるはずだ。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
ここでは拙作の模擬TOEFLリスニング、動物言語学の夜明けを紹介させていただく。対象は英検2級~準1級、TOEIC L&Rのリスニングスコアが380点超ぐらい。ただし、これはあくまで目安。鳥の言語、あるいは動物学全般に興味があるのなら、スクリプトを読みながら聞く、あるいはスクリプトを機械翻訳にかけて楽しむのもいいだろう。
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