藁にもすがる獣たち 75点
2021年2月27日 梅田ブルク7にて鑑賞
出演:チョン・ドヨン チョン・ウソン ペ・ソンウ チョン・マンシク
監督:キム・ヨンフン
『 ガメラ 大怪獣空中決戦 』をブルク7で観た際に本作の予告編を観て、気になっていた。原作は日本の小説とのことだが、これは相当に脚色されているのだろう。見事なまでに韓国色に染まっている。
あらすじ
サウナのロッカーに残されたカバンの中に眠る札束の山。失踪板恋人の残した借金で首が回らない男、家業を潰してしまい、アルバイトで生計を立てる男、夫によるDVから逃れたい女、様々な人間たちが人間性をかなぐり捨ててカネを求めていく先には・・・
ポジティブ・サイド
日本の原作小説は知らないが、これだけ漫画や小説の実写映画化が花盛りの日本で映画化されず、逆に韓国で映画化されるということは、『 オールド・ボーイ 』と同じくガンガン人が死ぬ、あるいは傷つけられる展開がてんこ盛りだからだろう。実際に本作でも死人が出るし、暴力的な描写もえげつない。スラッシャー・ムービーと見紛うシーンもあるが、そこは直接は映し出されないので安心してほしい。
いや、それにしても“獣たち”とは言い得て妙である。人間など、一皮むけば獣なのだ。特に痴情と大金が絡めば尚更である。獣たちが一匹ずつ章ごとに紹介され、彼ら彼女らの物語が独自に展開されていく。そして、最後にはすべてが見事にひとつに収斂していく。これは脚本家の手腕だろう。それとも原作もそうなのか。いずれにしても、映画の面白さの第一は脚本=キャラクターとストーリーなのだ、
本作の獣、もといキャラクターたちは誰もかれもが「あ、見たことあるぞ」という役者たちばかり。つまりは実力派俳優ばかり。彼ら彼女らのアンサンブル・キャストは見応え抜群。特にチョン・ドヨンの凛とした美しさとやられたら倍返しの精神は、さすがの一語に尽きる。40代後半に差し掛かろうというのに露天風呂で柔肌を披露。肌も美肌で、服を着ている時でも健康的な魅力と妖しい魔力の両方を同時に放つという魔性の女。石田ゆり子や篠原涼子がチョン・ドヨン並みに攻めてくれれば、邦画の演技・演出レベルも少しは上がるのだが。
また『 息もできない 』の良心担当のチョン・マンシクが本作でも信販業者の社長としてカムバック・・・してくれたのは結構だが、これはちょっとイメチェンしすぎではないか。はっきり言ってヤバい人である。もちろん普通のビジネスマンにも『 アウトレイジ 最終章 』の白竜のようなヤバい人はいる。しかし、今回のチョン・マンシクはヤバいの意味が違う。気に入らない相手は銃で撃ち殺すのではなく、包丁で切り刻んでしまう。そして用心棒が肉や内臓を食べてしまう。ムチャクチャである。その用心棒も風貌が凄いのだ。『 殺人の追憶 』の序盤で警察が容疑者連中を雑に取り調べていくシーンでもインパクト抜群の顔面の持ち主がいたが、この用心棒もすごい。いったいどこからこんな個性的な顔の役者を見つけてくるのだろか。
大金の入ったヴィトンのカバンを巡って、次から次へとキャラクターたちが入れ代わり立ち代わりで物語をあちらこちらへと無秩序に進めていく様のスピード感よ。同時に、被害者が加害者に、弱者が虐げる側へと簡単に変貌していく様からは、人間の弱さや滑稽さをまざまざと見せつけられた感じがする。
本作はストーリー進行にちょっとしたネタが仕込まれている。原作が日本産というところ、章立てで話が進んでいくというところから『 去年の冬、きみと別れ 』を思い浮かべられればVery goodである。Jovianは途中で気が付いたが、登場人物たちの関係や、そのつながりの開陳の仕方、その鮮やかさにすっかり魅了されてしまった。映像芸術の面でも見どころは満載だ。あるキャラの元の商売が刺身屋さん、そして刺身の盛り合わせがチョン・マンシク演じる社長の脅迫シーンのカメラの端に映し出されているのは上手いと思った。キャラのつながりの暗示であると同時に、「切り刻まれて食べられたいのか?」というこれ以上ない脅しの小道具としても機能していた。他にもネオン街からの赤のストロボが、とあるキャラの室内の惨状とキャラクターの心情を如実に表していて、これまた巧みだと感じた。キム・ヨンフン監督はこれが長編の商業映画デビュー作だという。『 はちどり 』のキム・ボラ監督もそうだが、隣国の新人映画監督のレベルはちょっと高過ぎじゃないですかね・・・
ネガティブ・サイド
いくら韓国の警察が無能だと言っても、まさか刺青で身元確認はしないだろう。わざとらしく髪の毛を切るシーンがあれば「ああ、DNA鑑定だな」とこちらも思う。そうした一瞬の演出が欲しかった。
夜中の2~3時に人をクルマで撥ねて、その死体を山まで運び、穴を掘って、そこに埋めて、また街中まで帰って来たのに、まだ夜が明けていないとはこれいかに。その後も延々と夜のシーンが続くという謎の時間軸。ここだけは矛盾があまりにも大きく減点せざるを得ない。
韓国のクルマにはエアバッグの装着が義務化されていないのだろうか。クルマで人をドカンと撥ね飛ばしたら、エアバッグが作動しそうだが。といっても、邦画やアメリカ映画でもエアバッグはこういう時は作動しないお約束になっているからね。
総評
これぞまさしく韓国ノワールとも言うべき作品である。人がどんどん死ぬので、そのあたりに耐性がない人は観るべきではない。デートムービーにも決して向かない。逆に言えば、デートで観にさえ行かなければ良い。韓国お得意の人間の内面を容赦なく抉り出す、さらけ出す極上エンターテインメント作品である。映画好きならば見逃す手はない。原作小説を読んだという人にも、ぜひ鑑賞してほしい。
Jovian先生のワンポイント韓国語レッスン
ヨボセヨ
日本語で言うところの「もしもし」である。これも韓国映画や韓流ドラマでお馴染みである。電話の第一声であることが多いが、ドアをノックしながら「ヨボセヨ」と言うこともあるし、相手がボーっとしている時にも「ヨボセヨ」と言える。まさに日本語の「もしもし」である。