時間はどこで生まれるのか 75点
2023年7月に読了
著者:橋元淳一郎
発行元:集英社
今春、大阪公立大学でアカデミック・ライティング講座を担当したが、受講生の一人が哲学の修士で、マクタガートの時間論専攻だった。彼に『 ヘーゲルの実践哲学構想: 精神の生成と自律の実現 』を勧めたところ、「先生も何か時間論を読んでください」と言われたので本作を購入。数か月、積ん読だったが、先月読了。
あらすじ
物理学者が古今東西の哲学者の時間論も交えて、時間が生まれるメカニズムを解き明かす。
ポジティブ・サイド
非常に読みやすい。もちろん、相対性理論や量子論についての初歩的な知識があるにこしたことはないが、それでも少しずつ読み進めるか、あるいは何度か通読すれば著者の言わんとすることは理解できるはず。
著者は、我々の日常感覚から議論を始め、マクタガートの時間論をしっかりと説明した後、相対論や量子論について、詳しすぎず、かと言って簡潔過ぎない説明をしてくれる。また、物理的な事象と生命現象を厳密に区別しつつ、両者を見事に融合させていく。付録も非常に充実しており、高校生以上の知識があればそれなりに理解できるはず。また大学などで西洋および東洋の哲学を学んだことがあれば、著者の碩学ぶりに舌を巻くはず。
Jovianは宗教学専攻で、哲学もそれなりに学んでいたが、哲学的な議論や論考が時代ごとの最先端の科学的な知見によって影響を受けていたという著者の指摘は非常に鋭いと感じた。特に本書の最終的な結論は、師の並木浩一とその弟子にして小説家・奥泉光の対談で目にした「主体性とは自由であることではなく、自由であろうとすること」という主張に非常に似通ったものになっていることに驚かされた。いくら古今東西の哲学書を渉猟しているとはいえ、まさか並木浩一まで読んでいるとは思えないからだ。
NHKの番組などでも「時間は存在しない」という科学者の主張が徐々に目につき始めている。ならば我々が生きるこの時空とは何なのか?なぜ我々は過去から未来へと生きて、その逆には生きられないのか?こうした疑問は誰もが抱くものと思う。本書はそうした問いに堂々と真正面から答えていく。非常に刺激的かつ野心的な論考である。
ネガティブ・サイド
著者は多くの哲学者の哲学と物理学の知見を比較対照しているが、なぜそこにアルトゥール・ショーペンハウアーの名前がないのだろうか。彼の主張する『 意志と表象としての世界 』は、C系列の時間に生きる我々の生命の在り方と非常に近しいものがあるはずだが。
同じく、アンリ・ベルクソンに触れていながらジャン・ポール・サルトルの哲学に触れていない点も気になる。本書の読者の大半(99%日本人のはず)は、なるほど、我々が生きていることの意義は分かったと感じつつ、「では、どのように生きればよいのか?」という疑問を抱くに違いない。付録でサルトルのアンガージュマンを軽く紹介しておけば良かったのではないだろうか。
これは編集や校正のミスだろうが、11ページと168ページで、仮説が「仮設」になってしまっている。次の版で修正されるだろうか。
総評
わずか660円+税でこれほどの知的興奮を味わえるとは。Jovianは小説ばかり読む人間だが、アカデミアに近い位置で仕事をするようになった今、もっと娯楽本以外の本を読まなければならないと感じるようになった。本書は、物理学の碩儒が市井の人々向けにものした時間論の入門書としては最適だろう。2006年初版とまあまあ古いが、本書の価値は物理学と哲学の対話にあるのである。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
thought experiment
思考実験の意。物理学に限らず、学問においては非常に重要。use a thought experiment や conduct thought experiments のような形で使うことが多い。理系の文献をよく読む人なら知っておいて損はない表現。
次に劇場鑑賞したい映画
『 神回 』
『 セフレの 品格 プライド 』
『 ヴァチカンのエクソシスト 』