女神の継承 75点
2022年8月12日 シネ・リーブル梅田にて鑑賞
出演:ナリルヤ・グルモンコルペチ サワニー・ウトーンマ
監督:バンジョン・ピサンタナクーン
『 チェイサー 』、『 哭声 コクソン 』のナ・ホンジン監督が原案およびプロデュースを担当。それだけで一筋縄ではいかない映画だとわかる。実際に有名ホラー映画のインターテクスチャリティー満載の作品であった。
あらすじ
霊媒のニム(サワニー・ウトーンマ)は女神バヤンの依代として、地域住民の悩みや病気の解決の手助けをしていた。彼女の姪のミン(ナリルヤ・グルモンコルペチ)が謎の体調不良に見舞われたことから、ニムは女神バヤンがミンを新たな依代に選んだと考えていたが・・・
ポジティブ・サイド
Jovianは大学で宗教学を専攻していた。より詳しく言えば古代東北アジアの思想、特にアニミズムを勉強していた。なので東南アジアのシャーマニズムについては門外漢ではあるものの、感覚的に理解できることがかなりあった。ただし本作を堪能するために専門知識は必要ない。むしろアジア人=多神教やアニミズムを何となく受け入れている民族であれば、それだけで恐怖が倍増するだろうと感じた。
全編通じて『 ブレア・ウィッチ・プロジェクト 』的なドキュメンタリー形式で撮影されており、随所に『 カメラを止めるな! 』的な要素もある。序盤のニムへのインタビューや、ニムの霊媒としての仕事ぶりは、ナショジオ的な趣すら感じられた。
姪のニムが女神バヤンの新たな継承者の兆候を見せ始めるところから、テレビ番組的な趣は消え、本格ホラーに移行していく。『 エクソシスト 』へのオマージュが散りばめられ、最後には各種ゾンビ映画のごった煮状態に昇華する。
その過程で観る側の神経をざわつかせるのは、ニムの変化。最初は体調不良だったのが、子どもに対する乱暴行為、それがエスカレートして大人にも暴言暴行、果てはニムの祈祷に対して緑色の吐しゃ物を出すなど、行為の変化が肉体の変化に起因することを示している。この見せ方は日本のホラーにはあまりないが、もっと取り入れても良いように思う。目が赤く光るとか、口角がありえないほど引きつるといった外見的な描写よりも、血液の色がおかしい、吐しゃ物が異常といった内部の描写に切り込む本作は、かなりの野心作である。
いよいよ悪霊祓いとなった時に「はあ?」という事件が発生する。これはなかなかの不意打ちだった。もはやグッドエンドは期待できない中、物語は突き進んでいく。このクライマックスの凄惨さは、映画なのか漫画なのか分からないレベル。一歩間違えればギャグにしか見えないシーンの数々を恐怖映像としてしっかりまとめ上げたピサンタナクーン監督の手腕は見事である。
また主演の二人の女優も印象的。ニムはいかにもタイの土着的なおばちゃんで、日本なら沖縄あたりでユタをやっていそうな感じ。ミンを演じたナリルヤ・グルモンコルペチは対照的に、西洋風な面持ちのスレンダー美女。あられもないセックスシーンから、狂乱状態のトップレス披露まで、日本のホラー映画に出てくる女優とは明らかに気合いが違う。各種の動物の形態模写から、血しぶきブシャーの殺戮シーンまで、何でもござれ。ルックスを売りにする日本の若手女優は、ナリルヤの爪の垢を煎じて飲むべきである。
ネガティブ・サイド
ドキュメンタリー風に撮るなら、もっとカメラマンが画面に映ってもいい。あちこちでカメラが切り替わるが、それはそこにカメラ・オペレータがいるから。終盤は撮影者も次々に死んでいくが、中盤あたりから「女神継承」あるいは「悪魔祓いの儀式」をカメラに収める人間たちの存在をもっとアピールしても良いと感じた。『 カメラを止めるな! 』の成功要因の一つに、これは映画を撮っている人たちを撮っている映画、と思い込ませた点がある。実際には、映画を撮っている人たちを撮っている人たちを、さらに撮っている映画だった。そこを強調する仕掛けが本作にあっても良かった。
犬が重要なキーワードの本作であるが、その犬の悪霊に憑かれた人間が襲う対象が少々不可解。えーと、その人は犬を〇〇している人だったっけ?むしろ、それを疑問に思っている人だったのでは?
総評
タイ映画といえば『 ホームステイ ボクと僕の100日間 』や『 バッド・ジーニアス 危険な天才たち 』など、都市部の若者にフォーカスするイメージを持っていたが、それが見事に覆された。ホラーに耐性がない人はスルーのこと。ホラーに耐性がある人はぜひ鑑賞を。古今東西のホラー映画のエッセンスが詰め込まれた、まるで鍋料理のような融通無碍な味わいが得られることだろう。
Jovian先生のワンポイント英会話レッスン
medium
原題は The Medium = 霊媒 である。med から mid 、つまり真ん中がイメージできればOK。マスコミをメディアと呼ぶのは、情報伝達の面で政府や芸能界と一般大衆の中間を担っているから。霊媒も超自然的存在と人間をつなぐ中間的存在であることから英語では medium となる。こんな語彙を知っておくべきなのは好事家だけだろうが。